イベント

第5回 多文化共生フォーラム 【終了いたしました】

 「多文化児童のことばと文化の獲得 多様性に応じた就学前の支援と教育を目指して」

                                                                                        東京学芸大学国際教育センター 主催

 子どもたちが言葉や文化を獲得するために、日常的な周囲の大人たちとのやりとりは欠かせません。乳幼児期に親が自分の母語を使って子どもとコミュニケーションをとることは、子どもが自分や相手の気持ちを理解し、表現できるようになるために不可欠です。反対に、幼児期に母語でのコミュニケーションの経験が十分にないと、子どもは就学後も感情をコントロールすることや集中することが難しくなり、学習の構えがうまく育たないことがあります。日本在住の多文化児童の育つ環境にも、そのようなハンディに陥る要素が少なからずあるようです。

 そこで今回のフォーラムでは、わが国ではこれまで見過ごされがちだった多文化児童の母語発達の現状と課題をとらえ、文化的に多様な子どもたちの就学レディネスと生涯発達のために、教育関係者が「今すぐ何ができるのか」と「長期的には何をすべきなのか」について考えていきたいと思います。我が国の現状を把握するとともに、移民の就学前教育に伝統を持つ海外の取り組みから学び、今後に向けた課題を共有したいと思います。ご関心をお持ちの方々にご参加いただけましたら幸いです。 

■日時: 2014年1月25日(土)13:00~17:10
■場所: 東京学芸大学 S講義棟3階 303教室(小金井市貫井北町4-1-1)
■お申込み締め切り: 2014年1月17日(金)
■お申し込み・お問い合わせ先:  東京学芸大学国際教育センター 事務室
                                              TEL 042-329-7727   FAX 042-329-7722
                                                     メール   c-event@u-gakugei.ac.jp

 

 ◆ プログラム ◆

12:30          受付開始

13:00          開会の辞    池田榮一 (東京学芸大学国際教育センター長)

13:05          趣旨説明    松井智子 (東京学芸大学国際教育センター・教授) 

13:20~14:00  「日本で育つCLD児の二言語能力とアイデンティティ-- 何もなくさない日本語教育を目指して−」 真嶋潤子 (大阪大学・教授)

14:00~14:30 「カリフォルニア州の多文化多言語児童の発達支援プログラムにおける試み」 下井田恵子 (アメリカ言語聴覚士学会) 

14:30~15:10 「ペリー幼児教育計画から学ぶ―多文化における米国の「質の高い」 就学前教育」 若林巴子(米国ハイ・スコープ教育財団・研究部長)

―休憩―

15:20~15:45  指定討論「日本における「多様性に応じた保育」の意義と課題」 岩立京子(東京学芸大学・教授)

15:45~16:10  指定討論 「多文化社会における市民性の育成の観点から」 見世千賀子 (東京学芸大学国際教育センター・准教授)

16:10~17:00  パネルディスカッション                コーディネーター  松井智子  

パネリスト

                          真嶋潤子

                          下井田恵子   

                          若林巴子     

                          岩立京子

                          見世千賀子   

17:00~17:10  閉会の辞   吉谷武志 (東京学芸大学国際教育センター・教授)



講演の概要

 

「日本で育つCLD児の二言語能力とアイデンティティ--

何もなくさない日本語教育を目指して−」

真嶋潤子(大阪大学)

 日本で育つCLD児(Culturally Linguistically Diverse Children文化的言語的に多様な子ども)が増加する中、彼らの全人的で健やかな発達を目指した言語教育すなわち日本語教育および母語・継承語教育のあり方を追求する必要があると考えている。「ここは日本なのだから日本語さえできれば良い」として母語の代わりに(あるいは母語を無視または軽視して)日本語を教えるという(「減算型バイリンガル教育」の)姿勢でなく、親から継承している母語を大切に保持発達させながら「何もなくさない日本語教育」がどのようにすれば可能なのか考えたい。

 本発表では、日本生まれ、または幼少期に来日した中国ルーツの児童が全校生徒の2割を越えている大阪府下のある公立小学校において、これまでの5年間の縦断研究の結果を紹介しながら、二言語能力の評価と二言語教育の重要性について、現状と課題、さらに今後の可能性を考えたい。中国ルーツの児童に対して実施した面接式の日本語および中国語能力評価の結果を踏まえた上で、その中で自律学習のストラテジーを自分で探り当て、「自然習得」により中国語の読みの力までを獲得した一人の日本生まれの児童のケースに焦点を当て、アイデンティティへの投資と二言語能力の等価の価値づけが同時に行われる社会の構築の必要性と可能性を、言語教育環境の面からの議論を含めて論じる予定である。具体的な話題としては、CLD児が育つ言語環境と、二言語能力の評価とアイデンティティ、さらに言語教育政策に繋がるような、保育所から高校までの「教育の接続articulation」への提言を含めたいと考えている。

 

「カリフォルニア州の多文化多言語児童の発達支援プログラムにおける試み」

下井田恵子 (アメリカ言語聴覚士学会)

 筆者はアメリカ言語聴覚士学会認定資格を有するスピーチパソロジストとして、南カリフォルニアの小児発達クリニックThe Children's Therapy Centerに勤務し、3歳未満の多文化多言語児童と関わるなかで、幼少期の言語・認知の発達には家庭での言語環境が非常に大きな役割を果たすことを実感した。筆者が担当した家族には、両親ともに少数言語話者であり英語は片言程度かほとんど話せない状態だが、子どもには高度な英語力を身につけてほしいので家で母語による話しかけをしていない、という親が少なくなかった。これは特に、社会経済的な地位の低い移民に顕著な傾向である。かつて難民としてアメリカに入国したベトナム系の人々や、母国の経済破綻のためアメリカに移住したスペイン語圏の人々は、それぞれより良い暮らしを夢見てアメリカに移り住んだにも関わらず、社会経済的な地位の低さから容易に抜け出せずもがいている人も少なくない。そうしたことから、自分の母語と文化に誇りを持てず、子どもがアメリカ主流社会で成功するには母語と文化を子どもに伝えてはいけないという思い込みを持つ人さえいる。筆者が担当した家族をみる限り、誤った信念を持つ親は一般に低学歴が多く、子どもを母語と英語のバイリンガル環境で育てているのは高学歴の親であったことから、親の教育水準も関係すると考えられる。さまざまな親との関わりのなかで、言語発達のみでなく認知能力を高め心の安定をはかるには、親の母語による言葉かけが大事だという認識にいたった。そこで、同クリニックでは子どもの言語評価を行う際、母語育児の大切さと家でできる言語発達支援に関して、親に参考資料を手渡して詳しく説明を行うことにしている。この試みによって、ごく一部ではあるが家族の考え方が変り、子どもに母語で話しかける頻度が増えたことによって、子どもの言語と認知の発達にも良い結果をもたらした。

 

「ペリー幼児教育計画から学ぶ―多文化における米国の「質の高い」就学前教育」

若林巴子(HighScope Educational Research Foundation)

 米国では、近年になく、就学前教育への興味が深まっている。2013年の一般教書演説で、オバマ大統領は、就学前の4歳児すべてが幼児教育を受けられる計画を提案した。また、妊娠中の母親や、乳幼児のいる家庭を訪問し、子育てをサポートするEarly Childhood Home Visitationへの予算も拡大する計画を発表した。このオバマ大統領の政策に多大な影響を与えたのが、1960年代にミシガン州イプサランティ学校区で行われたペリー幼児教育計画や、同年代ニューヨーク州エルマイラ市で試行されたNurse Family Partnership等である。

 米国の乳幼児期の教育政策の根本となっているのは、白人とマイノリティ(特に貧困層)の間に根強く残る学力格差である。この学力格差は、就学時にはすでに顕著で、年を重ねるごとにひらくことが分かっている。子供の学業不振及び、その後の人生の軌道にも多大な影響を及ぼす。ハイ・スコープ教育財団のペリー幼児教育プロジェクトは、「質の高い幼児教育」により学業不振に陥る危険性のある子供達の生涯軌道を変えうることを実証した。現在も追跡調査が続いているペリー幼児教育計画の場合、5歳時では就学準備、14歳時点では学校の出席と成績、19歳時点では高校の卒業率、そして、40歳時では収入や犯罪率や持ち家などで、実験群が優位な結果をだしている。ペリー幼児教育計画の提案者であり、研究者でもあったデビッド・ワイカートは「質の高い幼児教育を受けることは,子どもの人生の可能性を豊かにする極めて効果的な方法である」と語っている。27歳時での追跡調査では、プログラムの費用1ドルあたり7.16ドルの公財政支出が節減されるという分析結果が出ている。これは、子供達の生涯軌道が好転したことにより、後に起こりえた社会問題(犯罪)を解決する費用の削減、また成人してからの収入の向上からくる納税の増大などによる。この分析はノーベル章受賞者で経済学者のジェームズ・ヘックマンが確証している。

 1970年に設立されたハイ・スコープ教育財団は、政府や助成財団からの資金で、幼児教育分野の研究やその成果の普及を行っている。ペリー幼児教育計画の追跡研究以外にも、ミシガン州政府の学業不振に陥る危険性のある4歳児のための就学前教育の評価を行っている。また、デトロイト市の貧困地域での幼児教育の品質向上計画の評価を手がけている。多文化の米国でいう、質の高い就学前教育とは何か、生涯教育の観点からみる米国の就学前教育の現状、特にマイノリティーや貧困層の子供達への試みを評価研究者の観点から発表したいと考えている。

 

 

「日本における「多様性に応じた保育」の意義と課題」

岩立京子 (東京学芸大学)

 私は、幼児教育と発達心理学の立場で、保育者養成・研修にかかわりながら、子どもや家族の発達、幼児教育における評価などを研究してきた。文化的言語的多様性に応じた教育について特別に焦点を当てて研究してきた訳ではないが、多くの幼稚園でそのような子どもたちに出会い、そこで行われている保育について考えさせられることがあった。

 幼児教育は、それぞれの文化や時代背景における子ども観、発達観、学習観、教育観等によって、その目標やねらい、幼児の発達の理解、指導法、評価に違いがみられる。日本の幼稚園教育においては、1989年改訂の幼稚園教育要領以降、子どもを主体的に環境に関わる存在と見なし、子どもが最も力を発揮できる環境を構成し、「遊びを中心とした活動」を通して発達を助長することが強調されている。一人一人の子どもの発達や行動の記録を丁寧に重ね、学びや発達を読み取りながら、評価を行っていく。子どもの理解や評価において、標準化された言語検査などを用いることはまずない。一人一人がみな、違っていることを前提とし、子どもを尊重しながら、ねらいが総合的に達成されるように、全人的教育を行っていく。このような教育は諸外国から、「心を育てる保育」と言われ、その質の高さが評価されている。さらに、家族や社会の状況を踏まえて、学びや発達の連続性を踏まえた教育や、特別な支援を要する子どもへの対応、園と保護者、地域との連携などの今日的課題への対応も進んできている。

 この日本の幼児教育が目指す教育を展開できれば、子どもの多くは幼児期に人格形成の基礎を培うことができる可能性が高い。しかし、ここには問題点がいくつかある。一つは、遊びや生活を通しての全人的な教育だからこそ、陥りやすい問題があること、二つめは、その実践を可能にする保育者養成に課題があること、三つ目は、多様な子どもの発達要求に合った指導、援助をするためには、個人差をよりよく理解することが求められ、必要に応じて、教師、その他の専門家と保護者が共同するシステム、多角的なアセスメントの認識やスキル、その後の発達につながる信頼できる指針やプログラム、その効果測定等が求められることである。フォーラムでは、現場での事例を引用しながら、上記について発表し、一人一人の子どもの今後の発達に、より確かにつながる幼児教育実践のあり方について参加者の皆様とともに考えたい。

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